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衛生動物学会について

日本衛生動物学会は、カ、ハエ、ダニ、ネズミなど重要な感染症を媒介する衛生昆虫・動物、毒蛇、蜂、毒蛾などの有毒動物、ゴキブリ、ユスリカなどの不快昆虫類を研究対象とする衛生動物学の進歩、普及を図る事を目的として活動している学術団体です。

 

沿革

1998.10.1. 篠永 哲記

 日本衛生動物学会は第2次世界大戦中の昭和18年10月5日、東京大学医学部で発会式をあげた。実際にはその準備のために、衛生昆虫学談話会が開かれている。第1回談話会は、昭和18年3月12日に資源科学研究所(現在の国立科学博物館のところにあった)で開催され、40名の参会者があった。

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 第2回談話会は、同年4月に東京大学農学部で開かれ、談話会会則、年会費(1円)も審議され、学会としての基礎固めがなされ、日本衛生昆虫学会として10月の発会になったのである。その時の参会者には、鏑木外岐雄、竹内松次郎、小林晴治郎、宮尾 積、北野政次、田宮猛雄、宮島幹之助など、当時の動物学、寄生虫学分野での著明な研究者のほか、佐々 學、朝比奈正二郎、浅沼 靖、野村健一、利岡 静一など、後に学会の中心となって活躍した若手研究者も参加していた。vol9_1Fig4_1948IV5その後、戦争が激しくなり終戦を迎え、学会活動は一時停止していたが、公衆衛生の立場から、蚊や蠅など衛生害虫を駆除しようという運動が高まり、徐々に学会の立ち直りの見通しもついてきたので、昭和24年4月、小林晴治郎を大会長として、本学会初めての大会(総会)が京都で開催された。

 学会名を「日本衛生動物学会」としたのは翌昭和25年である。同年には学会誌「衛生動物」も発刊となった。昭和26年には、日本医学会37番目の分科会として加入し、本格的な学会活動が始まった。 初期の学会組織は、会長と推薦による評議員から構成され、評議員の互選により、幹事、編集委員、学会賞選考委員などを選出した。当時の評議員のほとんどは、寄生虫学会の評議員と併任していたので、衛生動物学にあまり関心のない人も多かった。そこで、昭和45年には、若手研究者グループの提案により、評議員制度を廃止し、会員の選挙により幹事を選出することとなった。幹事の人数は、北、東、西、南日本支部から、会員の人数に比例して選出することになり、今日に至っている。大会(総会)は春に、各支部大会(総会)は秋に、定期的に開催されている。 学会誌「衛生動物(Japanese Journal of Sanitary Zoology)」は昭和25年(1950)年に第1巻が刊行されて以来、平成10年(1998)現在で48巻が発行されている。これまでに発表された論文数は約8,000編である。内容については、総目次(44巻特別号)または「衛生動物」データベースにより検索できる。1995年からは、学会誌の名称を「Medical Entomology and Zoology(衛生動物)」と改称した。